性別・立場による被災経験の違い
「災害時は、みんな一緒に助け合う必要がある!」
「避難生活では、みんな、がまんすべきだ!」
地域防災活動の現場や被災地に行くと、こんな掛け声が聞こえてきそうですが、どう思われますか?
●ひとりひとりの特性をふまえた支援とは
災害時にみんなで助け合うのは当然ですが、たとえば地域で津波からの避難計画を検討したり、災害直後の初期消火・応急救護などの訓練をするにしても、住民は一人ひとり、身体状況、家族状況などが違いますので、その特性を踏まえる必要があります。
特に平時の昼間、主に地域にいるのは高齢者と女性です。そして要配慮者と言われる要介護・介助の高齢者や障害者、赤ちゃんなどのお世話をしているのも女性が多いという現実があります。また、子育て世代の女性の7割が働いています。ですから、地域や組織の役員・管理職の多くを占める男性だけが中心となり、「みんな一緒に」といって議論をしたり参加をよびかけても、性別や立場の違う多様な人々が暮らす地域全体にとって効果のある計画や訓練になっていない可能性があるのです。
●『がまん』と『わがまま』の境界線は? 精神論で支援の質は上がらない
また、日本人には「がまん」という言葉を好む人が多いと思いますが、災害が起こるとまさに「がまん」という精神論に偏ってしまいがちです。そういう雰囲気が強くなると、いろいろな面で困っていても、特に女性や高齢者などは苦しみや要望を表だって発言しにくい状況となり、結果として、高齢者や障害者、赤ちゃんや子どもも適切な支援を受けることができないという問題が繰り返し起こっています。
たとえば避難所の中で、寝たきりに近い高齢の夫を介護している高齢の妻がいるとします。妻は、夫の体に合ったサイズのオムツや、呑み込みが難しくても食べさせてあげられる食事を手に入れたいと思っていますが、避難所運営の責任者や物資担当は男性ばかりの上、忙しくしているため、介護の相談をできそうな状況ではなかったとします。するとこの妻は、「一人で地域の役員や役所の人のところへ行って、「食事面で配慮してほしい」「介護に必要なものをもう少しそろえて欲しい」といったことを言っても、うまく伝わりそうもないし、私がわがままだと思われてしまうかもしれない」と思う可能性が高いでしょう。ましてや、普段から女性が積極的に発言することを良しとしない地域の場合、「女性のくせにでしゃばっていると言われたらたまらない」といった心理も働くことが想像されます。こうしてこの高齢の妻が誰にも相談できずにがまんしてしまうと、結局、犠牲になるのは介護を受けている高齢の夫であるということになるわけです。子どもを持つ若い母親も同様です。また、プライバシーや衛生、防犯課題など、特に女性や子どもに配慮した取り組みも必要です。
こうした、性別や立場による困難の違いを簡潔にまとめると、下記のようになります。
■性別・立場による困難の違い■
【環境面】
*生活環境(プライバシー、衛生)
着替えや授乳が困難、下着が干せない、乳幼児・障害者・認知症の人/その家族は避難所に居づらい・いられないなど
*物資面(物資の不足と配布方法)
育児・介護用品、女性用品・下着の不足、男性のみによる配布、在宅避難者が物資を受け取れないなど
*心身の健康
慢性疾患の悪化、感染症、便秘、低栄養や生活不活発病、介護者不足による褥そう形成や悪化、ストレス・不安・不眠、女性の疾患(外陰炎・膀胱炎等)、妊産婦・褥婦の医療支援不足、男性はストレスを溜め込みがち
【安全面(暴力・性犯罪)】
幅広い年代の女性、そして、子どもも被害に遭っている。認知度が低い上、日常にもまして声を上げにくい。対策自体が不十分となる傾向。
*性暴力・ハラスメント(多様な形態で起こった)
⇒避難生活環境の改善の不足、暴力防止対策の不備・相談体制の不足
(被災者・支援者ともに、加害者・被害者のいずれにもなり得る)
*DV(身体的暴力、暴言、経済的暴力)
⇒元々あった暴力の悪化、喪失や環境の変化
【家庭・社会生活面(全体に関わる問題)】
*性別による役割分担の強化
これは女性の役割、これは男性の役割といった固定的な性別役割による取組みが、女性と男性をそれぞれ追いつめる。
・ライフラインがない中での家事や家族の世話の重労働化
・女性の炊き出し負担(重労働かつ無償で、長期化の傾向)
・一部の男性へ過度の負担の集中
*避難所運営・復興協議への参画
意思決定の場に女性がほとんど参画できていないことから、被災者の半数を占める女性特有の要望と、被災者支援の質を左右する、栄養・衛生・育児・介護等の経験・知識が反映されない。また障害当事者や支援者も参画の機会が低いため、有効な対策がとられにくい。
・責任者や委員は大半が男性
・女性や障害者等が参画できない
【復興期の家族・地域での関係の問題】
*孤立・孤独死、アルコール依存(男性のリスクが高い)
*DV・虐待の増加
*働くこと・収入を得ること(男女格差)
● 平時からの準備、女性リーダーの育成の必要性
もちろん、災害が起こる前から学習をしたり、体制づくりや人材育成に取り組んでおかないと、こうした問題にはうまく対応できません。日本では、防災分野はこれまで男性が中心となってがんばって取り組んできてくれました。そのため、政策方針を決める場や地域防災活動のリーダー層に女性がおらず、女性の立場や経験から主体的に意見を述べたり、リーダーシップを発揮する機会はほとんどありませんでした。
しかし、人口の半分を占める女性たちは、男性とは違う形での困難をさまざまに抱えます。特に、赤ちゃんや高齢者・障害者・病気の人などの支援を的確に行おうとするならば、家庭や福祉・医療・教育現場で力を発揮し経験を積んできた、女性たちの知恵やリーダーシップが不可欠です。子育てや介護に関わっていない女性たちのなかにも、防災分野で地域に貢献したいと考える人は増えています。そのような力を引き出し、活かしていくことが、災害に強い地域づくりのために非常に有効であることは、いうまでもありません。
なお、現在は責任ある立場にある人たちの多くが男性ですが、そうした人たちだけでなんとか現場で意思決定して対応しようとしても、生活に関わる多様なニーズに対応しきれずに(育児・介護・看護・衛生・栄養など)、結果として弱者を切り捨てる結果になってしまっている可能性が高くなります。そして自身がうつや過労・過労死など、心身のリスクに直面する傾向にあります。
●それぞれの立場のことがわかる当事者が支援者になるには
ですから、男女が対等なパートナーとして議論しながら能力を発揮できるようにすることこそが、効果的な助け合い、特に要配慮者(要援護者)の支援に不可欠なのです。それは、結果的に、妻や親の介護をしている男性、父子家庭の支援にも直結します。
もちろん、障害者自身や、障害者支援、高齢者支援に取り組んできた当事者、少年・少女の参画も大切です。配慮が必要な人たちが、災害時にどのような支援が必要なのか一番良くわかっているのは、家族や支援者を含める「当事者」です。当事者の参加、当事者とのコミュニケーションの大切さを意識した、防災対策、被災者支援が求められています。
なお、こうした取り組みの重要性は、国の防災基本計画にも盛り込まれていますが、内閣府男女共同参画局が2013年に策定した「男女共同参画の視点からの防災・復興 取組指針」では、具体的に取り組むべき政策・対策について示しています。さらに、この指針と併せて発行された解説事例集では、避難所の環境や運営体制、防犯対策等について具体的に示した、「避難所のチェックシート」も用意されています。
今後の、各自治体の防災政策への盛り込みと、現場への知識の普及・定着が課題といえます。