支援物資供給上の課題
東日本大震災と熊本地震の違いを考察
(リスク対策.com 2016/06/09)
日本大学危機管理学部教授 吉富 望氏
熊本地震で、大きな課題となったのが物資の支援だ。政府は4 月16日の本震を受け、自治体からの要請を待たず、非常食90 万食や子ども用紙おむつなどを「プッシュ型」で被災地に届けると発表した。が、被災地にはなかなか必要とされる支援物資が届かないなど問題は長期化した。元陸上自衛隊将補(陸将補)で日本大学危機管理学部教授の吉富望氏に解説していただいた。
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残念なことに、熊本地震における被災直後の支援物資供給の場面では5年前の東日本大震災と同様、被災者は支援物資の不足と遅配に耐え、自治体は支援物資を供給できずに苦悩した。本稿では、2つの大災害が突き付けている被災直後の支援物資供給の課題を探ってみた。
◆熊本地震における支援物資の供給要領
災害時における支援物資の供給要領には「プル型」と「プッシュ型」がある。プル型は支援物資のニーズ把握が可能な被災地へ、ニーズに応じて物資を供給する基本的な支援物資の供給要領であり、プッシュ型はニーズ把握が不可能な被災地へ、ニーズ予測に基づき物資を供給する要領である。プル型は必要な支援物資を無駄なく提供できる利点がある一方、被災直後の混乱の中ではニーズ把握に時間を要し、結果的に支援物資の供給が遅れる欠点がある。一方プッシュ型は、ニーズが把握できない場合でも迅速に支援物資を提供できる利点があるものの、受け手側の自治体が被災直後の混乱のために物資受け入れが滞ったり、ニーズ予測が外れた場合に支援物資の余剰・不足が生じたりする欠点がある。東日本大震災では基本的にプル型で終始したが、熊本地震では発災直後にプル型が実施され、2日後には政府主導でプッシュ型に移行し、その4日後には政府がプル型に戻した。
【課題1】支援物資供給の基準は?
東日本大震災の翌日、仙台市の避難者数は10万5947人(人口の約10%)を数えた。一方、熊本地震では本震翌日(4月17日)の熊本市の避難者数は10万8266人(人口の約15%)であった。ただし、これらの避難者数は指定避難所に避難した人数であり、自治体による支援物資供給の基準は、こうした「指定避難所に避難した人のニーズ」であった。しかし、2つの地震の直後には自宅、公園、自家用車を含む指定避難所以外の多くの場所で膨大な数の人々が支援物資を求めていた。
小規模災害の場合に「指定避難所に避難した人のニーズ」を支援物資供給の基準とすることは、正しい。指定避難所に避難しない人は避難する必要が無い人であり、避難する必要が無い人には支援は必要ないからだ。しかし、東日本大震災や熊本地震では指定避難所以外の多くの場所から人々が支援物資を求めて指定避難所を訪れ、自治体の想定を超える支援物資ニーズが発生した。指定避難所は実態的には地域の支援物資供給所であったのだ。これを踏まえれば、大規模災害では「指定避難所および同周辺(指定避難所を含む行政区域)に所在する人のニーズ」が支援物資供給の基準となる。ただし、大規模災害であっても発生場所次第で支援物資所要は大きく異なる。自治体は、災害の規模と地域の特性に応じてどちらの基準を適応するかの判断基準を持っておく必要がある。
【課題2】「プル型」か「プッシュ型」か
プッシュ型は東日本大震災以降に支援物資の供給要領の選択肢となった。このため自治体は、支援物資の供給要領をプル型にするかプッシュ型にするかを判断する必要が生じた。熊本地震の際に熊本市は、避難者数が10万人を超え、道路を含むライフラインや自治体庁舎が甚大な被害を受けている中でもプル型を選択した。この時点で熊本市は、ニーズ把握の遅延、職員の被災による人手不足、輸送の遅延などによってプル型が機能不全に陥ることを予期し、プッシュ型を選択することも可能であったと思われる。しかし、支援物資の供給要領をプル型にするかプッシュ型にするかは被災者と自治体に大きな影響を与える判断であり、自治体は明確な判断基準を持って決定する必要がある。この際、被害予測と災害が発生した季節・天候・時刻などを踏まえて必要となる支援物資の種類・量(ニーズ)を予測し、支援物資の備蓄量、輸送能力などを加味してプル型かプッシュ型かを決定するためのデータベースの整備やソフトウェア開発が必要となる。
【課題3】実行可能な支援物資の供給要領を
自治体にとって、長年の実績があるプル型に比べてプッシュ型には未知の部分が多い。熊本地震では、プッシュ型へ移行した後も支援物資の受け手となる自治体や避難所と政府との間で支援物資の内容や輸送先に関する意思疎通が不十分だったり、受け手側の人手不足のために避難者への物資供給が滞ったりとの事例も見られた。こうした混乱は、平素から国と自治体との間でプッシュ型に関する業務要領の確認、人手の確保、実際的な訓練などが不十分であったことを物語っている。
特に、被災直後に支援物資供給に従事できる人数には限りがあるため、最小限の人手で実施可能な支援物資供給態勢を構築する必要がある。このため、支援物資を備蓄倉庫や一次保管場所から指定避難所に直送し、荷下ろし・仕分け・積載という人手を要する中間結節を極力設けないことが重要である。また、支援物資供給のマニュアルを整備するとともに、支援物資のニーズ予想・把握、在庫管理、輸送車両の運行管理などを人手に頼らず実施できるネットワークシステムも不可欠である。なお、こうしたマニュアルやシステムは、異なる自治体の職員らが容易に相互支援できるよう全国で標準化し、実際的な訓練を継続的に行うことが重要である。
【課題4】タブー無く問題点を明らかにし今後に生かす文化を
東日本大震災の後、福島第一原発の事故対応等を巡って政府の対応が厳しく問われた。他方、被災自治体の対応は厳しく問われたであろうか。震災から5年経った今日でも、震災の現場で苦悩した自治体(あるいは首長)に対して対応の是非を厳しく問うことは、ちゅうちょされている。しかし、大規模災害に見舞われた被災者と自治体の辛苦を今後に生かすためには、事実関係を白日の下にさらし、責任は問わないまでも組織と首長のリーダーシップの問題点を明確化し、改善策を議論して公表し、改善状況を検証することが必要である。支援物資の供給において東日本大震災と熊本地震で映し出された同じ場面を、次なる大規模災害で再び映し出さないためにも。
http://www.risktaisaku.com/articles/-/1842