8月1日(土)、厳しい猛暑の中、今年度第1回の公開研究会とフォローアップ研修を開催しましたが、両方とも約20名の参加をいただきました。
ここでは公開研究会での報告の概要をお伝えます。新たな人道支援の基準(CHS)に関してお話下さる難民支援協会常任理事の石井さんは、国内の人道支援関係者の中では早くから人道支援のあり方に関する国際的な議論や人道支援基準に関心をもって取り組んでこられた方です。
フォローアップ研修では、3月に完成したワークブックの趣旨と活用のポイント、教材の概要を説明しながら、合間にいくつかのワークショップを参加者の方にも体験していただきながら、教材の効果的な活用方法・学習の場づくりについて考えましたが、詳細は略します。今後も、同様のワークブック活用のための研修を何回か実施する予定です。
<2015年度 第2回公開研究会>
「国連防災世界会議と新たな人道支援の基準(CHS)を踏まえた、
今後の地域防災の取り組みについて」
①国連防災世界会議の振り返り(当センター共同代表 池田恵子)
1994年に横浜で行われた第1回国連防災世界会議で採択された「横浜戦略」で、災害リスク削減に女性や社会的不利な集団の参加・エンパワーメントを奨励する文言が入り、2002年の第46回国連女性の地位委員会で、ジェンダーの不平等は災害脆弱性の根本原因の一つであると確認されるなど、国際的には早い段階から性別や多様な立場の人への配慮と当事者の参画の重要性が共有されてきました。
しかし国内で本格的に認識されるようになったのは2011年の東日本大震災以降であり、まだまだ防災関係者にさえ定着しているとは言えない状況です。
2005年に神戸で開催された第2回国連防災世界会議では「兵庫行動枠組」(資料スライド_池田1)が採択されました。第3回国連防災世界会議で採択された「仙台防災枠組」(2015-2030年)は、「兵庫行動枠組」を基本的に踏襲しており、2030年までに「人命・暮らし・健康と,個人・企業・コミュニティ・国の経済的,物理的,社会的,文化的,環境的資産に対する災害リスク及び損失の大幅な削減」を目指しています(資料スライド_池田2)。
14の原則の中でも、下記は特に注目されるところです。
④ジェンダー、年齢、障害がいの有無、文化の重視と女性・若者のリーダーシップ
⑤セクター内・間の関係者間の調整と連携
⑧他課題との関連性(持続可能な開発、貧困削減、気候変動、食糧など)
⑩社会経済環境面の災害リスクへ解消を優先
そして、優先行動項目の3番目の「レジリエンスに結びつく災害リスク削減への投資」では、「社会的セーフティーネットや社会包摂の政策のデザインと実施を強化する。コミュニティの関与、生計向上、妊産婦・新生児・子どもの健康、性と生殖に関する健康を含む基礎保健活動へのアクセス、食糧の安全保障と栄養、住居と教育、貧困撲滅などの分野で、政策が災害後の段階でも通用する解決策を提供できるようにする。より多くの被害を受ける人々のエンパワーメントと支援を行う」としています。
なお、「仙台防災枠組」の前文で<災害リスクを本質的に削減しようするなら、人とその健康と生計に焦点をあてた発想を普及すべき>と明記されています。初期消火や応急救護、避難誘導などの直後対応やハード面での整備のみをもっぱら重視する日本的「防災」ではなく、「災害リスク削減」、つまり日常社会の中にある格差や生活課題こそが、災害時の被害(犠牲者の発生や生活復興を含む被災者が直面するさまざまな困難)を大きくするのだ、という国際的な理解を前提に、もっと人々の置かれた状況とくらしのあり方を中心に据えた、防災政策のあり方が国内で問われているといえるでしょう。
②新たな人道支援の国際基準~
Core Humanitarian Standard(CHS)をめぐる動きについて
(認定NPO法人難民支援協会 常任理事 石井宏明さん)
人道支援における国際的な共通の行動規範・指針に対する関心が高まったきっかけは、1994年に起こったルワンダ虐殺(下部注※1)から始まる一連の人道危機です。支援現場で適切な人道支援が行われているかどうか、被災者が不利益を被ったり人権を脅かされるような問題が起こっていないかなどを調査・観察するプロジェクトが展開されたことから、支援の質や支援団体の説明責任について議論されるようになりました。その後、スフィア・プロジェクト(人道支援の事業実施レベルの行動指針として活用される基準)、ピープル・イン・エイド(人道支援組織のための人材マネジメントの指針)、HAP(主に事業計画・管理レベルにおける組織としての責務を設定した基準)などの人道支援の基準が複数作られるようになりました。(下部注※2、※3)
現在、「支援の質」と「説明責任」(Quality and Accountability :Q&A)がセットで議論されるようになっていますが、質の高い支援とはどういうものでしょう。それは、被災者が「尊厳ある生活」を営むための最低限のモノ・サービスが提供されるだけでなく、被災者自身が納得・満足する形での支援プロセス、モノ、サービスの提供が行われることです。
そして、質の高い支援が行われるようにするには、支援者であるNGO/NPOが組織として、情報共有、調整と協働、参加、透明性、クレーム対応、スタッフの能力にかかわる仕組みや体制をつくることが大切となります。説明責任といえば、従来は活動資金を提供してくれる団体・個人に対してどのように説明責任を果たすことができるかがもっぱらの関心でしたが、今では、支援を受ける側である被災者の視点に立つ形で、組織としてこれらの取り組みを行っているかどうかも、被災者支援の実施者であるNGO/NPOの「説明責任」として問われるようになってきたのです。国際社会の動向と比べると、日本国内ではこうした国際人道基準への理解や具体的な対応はあまり進んでいなかったのですが、東日本大震災において避難所運営や物資配給、被災者の(とくに脆弱層に配慮した)権利保護の面で、十分な支援を行うことができなかったとの反省から、現在では国内の市民団体や民間・公的セクターの中で、スフィア・プロジェクト等の国際人道基準への関心が高まっています。
難民支援協会でも、説明責任の実践として独自の行動指針(Code of Conducts)を策定した上で、相談に来る難民の方たち自身も、スタッフの対応や支援内容に関する意見・苦情を組織に対して直接伝えることができるよう、事務所内にフィード・バック・ボックスを置き、届いた内容について組織として対応する体制を構築しました。事実確認だけでも膨大な時間と手間がかかるため、そうした声にきちんと対応していくのは大変なことではありますが頑張っています。
人道支援基準は重要ですが、さまざまなタイプのものが複数存在しているため、2012年末から2013年にかけて、スフィア・プロジェクトやHAPといった中核的な人道支援基準を統合しようという「ジョイント・スタンダード・イニシアティブ」が開始され、114か国からの参加者が協議を重ねました。そして、ピープル・イン・エイドとHAPに、スフィア・プロジェクトの中のコア基準の部分を取り出して加える形で、新たな国際基準としてのCore Humanitarian Standards(CHS)とるすことになりました。それは9つの原則と質的要件により構成されるもので(資料スライド_石井)、さらにこの原則が着実に実践されるよう支援するための、「ガイダンスノートと指標」と「検証フレームワーク」が現在開発中であり、すでに試験的に利用されています。
こうした基準は今後、助成金や補助金の獲得の際などに大きく影響してくるでしょう。たとえばジャパン・プラットフォーム(JPF)という、国際協力NGOによる人道支援活動を政府・企業も一体となって資金や物的な側面から支えていくための組織がありますが、東日本大震災が起こる少し前から助成金を申請する団体に対して、申請事業が既存の国際基準を満たしたものであるかどうかを申請書類に書いてもらう取り組みを始めています。
なお、国や自治体が被災者支援の質を問われるのは当然のことですが、東日本大震災では企業がNPO/NGOと同様の非営利の支援活動を行う例も多くみられました。そうした企業による支援活動でも、こうした人道支援基準を意識してもらえるようにする必要があるのかもしれません。
7月24日、国内の17団体・7個人の参加により「支援の質とアカウンタビリティ向上ネットワーク」(JQAN)が発足し、難民支援協会は幹事団体に選任されました。主な活動方針は、国際社会で共有されている人道支援の諸原則、基準類を理解し、実践できる支援実務者および団体の育成と、こうした人道支援の諸原則・基準と実践について継続的に教授・指導ができる日本のNGO人材の育成、そして、主に日本の国際協力、緊急人道支援、減災防災活動に関わる政策立案者、資金提供機関関係者への提言活動と、国内外での経験の国際社会での発信や調査活動などです。
ただ、国際基準をそのまま国内に導入するのが良いのかどうかについては、もう少し議論が必要だと考えています。良い形で普及が進むよう、今後もみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
※1 紛争により10日間で50~100万の人々が虐殺されたと言われている。
※2 難民支援協会によるスフィア・プロジェクト(三訂版)の日本語訳は、ウェブ上からダウンロードできます。( https://www.refugee.or.jp/sphere/ )
※3 スフィア・プロジェクトはページ数がとても多いので、とりあえず人道支援の国際基準とはどんなものなのかを知りたい、現場での活用のイメージに少しだけ触れてみたいという方は、スフィア・プロジェクトの概要と、衛生・栄養・避難施設といった分野別の具体的な支援基準のうちから、性別や多様性配慮に着目して抜粋・翻訳したものを紹介した、「こんな支援が欲しかった!現場に学ぶ、女性と多様なニーズに配慮した災害支援事例集」の33~38ページを、減災と男女共同参画 研修推進センターのウェブサイトからダウンロードしてご覧ください。( http://gdrr.org/2014/05/149/ )